ブラックパワーの爆発 その2
ところが、メレディスは、行進をはじめた翌日、草むらにかくれていた白人に銃撃されて倒れました。
この衝撃的な知らせを聞いて、公民権団体の指導者たちが続々とメンフィスに集合しました。
黒人たちの象徴的な存在だった南部キリスト教指導協議会(SCLC)のキング牧師、人種平等会議(CORE)のフロイド・マッキシック、それに学生非暴力調査委員会(SNCC)のストークリー・カーマイケルの3人は、メレディスに代わってこの行進を続行させることに意見が一致し、支持と参加を全アメリカに呼びかけました。
やがて、全国黒人向上協会(NAACP)のロイ・ウィルキンズや全アメリカ都市同盟(NUL)のホイットニー・キングなども駆けつけ、黒人団体の指導者が一堂に会することになりました。
しかし、この行進を通じて、各団体の間で指導理念や意見のくい違いが生じました。
とくに問題となったのは、非暴力か暴力か、白人と黒人の統合かそれとも分離か、という点でした。
このことは、行進に同行したキング牧師が翌年に書いた『黒人の進む道』(邦訳)のなかの「ここからわれわれはどこへ進むのか」に述べられています。
そのなかでキング牧師は、「行進はしだいに、SNCCが64年にミシシッピ夏期計画を実施した中心の町グリーンウッドへ近づく。
その町にわれわれが近づくと、古い友だち薪しい友だちが群をなして、歓迎のために外へ出てきた。
その晩、町の公園で開かれた大糞を集めての集会で、ストークリーは演壇にあがり、ミシシッピの正義について強力な攻撃を加えて聴衆を湧き立たせた後で、彼はこう宣言した。
『われわれが必要としているのは、ブラックパワーなのだ』」と書いています。