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2010年07月 アーカイブ

ブラックパワーの爆発 その4

そこで、ジョンソン大統領は67年7月29日に全米国内騒動諮問委員会、すなわち合衆国暴動委員会を設置。

カーナー委貝会の暴動に関する報告によると、同年1月から9月の間に、大暴動が入都市で、大暴動にまで至らなかったですが深刻な暴動が33都市で、そして実に123の都市で小規模な人種騒動が発生しました。

また主要な騒動は75件で、死者は83人、負傷者は1897人に及びました。

この死者の8割以上、負傷者の5割以上がニューヨークとデトロイトで生じたものです。

その他の報告によると、暴動ないし騒動の発端は警察による何らかの行為によるものであったといわれています。

「暴徒」の大半は10代後半から30代前半までの黒人男子であり、どちらかといえば北部育ちの者で、その地域に比較的長く住んでいる者が多かったそうです。

また、スラム街に住んでいる同年齢層のなかでは比較的教育水準の高い者が多かったといいます。

そして、デトロイトでは暴動のあった地域住民全体の約11%が、ニューヨークでは同地域に居住する15歳から三35歳の黒人男子の約45%が、調査に対して「自分は暴動に参加した」と回答しています。

こうした黒人暴動の北自景として、人種政策や貧困対策が不十分であったことが指摘できますが、合衆国暴動委員会の委員は、1967年8月から12月にかけて非公開の聴聞会を重ね、各界の専門家から意見を夢とともに8都市を視察し、翌68年に育会報告を公表しました。

その1ヵ月後の68年4月4日、キング牧師が暗殺されました。

これを機に大暴動がメンフィスから首都ワシントンへ、ついでシカゴ、ボルチモアへと波及しました。

暴動は125都市に及び、死者43人、負傷者約4000人、逮捕者約1万5000人にのぼりました。

ブラックパワーの爆発 その5

学校教育では、1964年の公民権法下で連邦政府から補助金を受けている事業や計画において人種差別が禁止され、連邦資金をもらっている学校区は人種差別を撤廃するか、あるいは受け入れられるような撤廃計画を提示しなければならなくなりました。

65年の13億ドルの補助金をつけた初等中等警法は、先の法律を守らせるもウ1つの促進剤になりました。

その結果、65年9月までには、南部および境界諸州の124を除く全学校区が、黒人が白人の学校に入学できる計画を提示していました。

しかし、旧南部連合の11州では、65年から66年度において、差別を撤廃した学校に通学していた黒人の子供数は全体のわずか6%にすぎなかったのです。

しかし67年の春、第5地区の合衆国巡回裁判所の法廷は、アラバマとルイジアナ両州の公立学校組織から起こされていた合衆国対ジェファーソン郡訴訟事件の判決において、「憲法の規定に合致する学校
の差別撤廃計画は、うまく実施できるものでなければならない」と判決しました。

この判決は合衆国に真の民主的な教育をもたらすものとして、黒人はもとより多くの白人にも支持されています。


60年代がアメリカの黒人たちにとって革命の時期であったことは疑いのない事実です。

バスボイコット、座り込み、フリーダムライド、行進、デモ、投票者登録運動といったさまざまな運動が六〇年代に繰り広げられ、黒人問題に対する新しいアプローチが試みられました。

しかし、黒人問題はアメリカ社会が抱える根本的な問題であり、現在もなお未解決のまま継続されており、その意味から60年代の事件を振り返りながち問題の根の深さを十分に理解することが必要と思われます。

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