戻らない時間 3
あまり神経を遣うので、頭の毛がかたまってごっそり抜けていました。
精神的にも肉体的にも、ぼろぼろだったのだと思います。
東京へ行って、トンボ帰りをして、少しも睡眠をとらず、ふらふらの状態で帰ってきたこともしょっちゅうあります。
私も驚いて、「東京から帰ってきて目の玉が白くなっている。
どうしたの?」と聞くと、「ぜんぜん寝ないで運転して帰ってきた」と言っていました。
心配になり、「少し休んだら?」と言うと、「会社はものすごく忙しいので、休ませてほしいなんて言ったら首になる。
体の調子が悪くても会社に言うことはできん」と言います。
そして、十三日の朝、「神戸へ行ってくる」と、息子は朝七時半ころ、出ていきました。
「気をつけて」と、私はフトンのなかで息子に言いました。
「いってきます」。
これが、この世で最後の言葉になるとも知らず……。
息子は十三日に加賀運送から出発してインターで食事をとったあと、吐き気がして血を吐き、「救急車を呼んだら……」と周囲の人に言われたそうです。
でも、本人は神戸まで荷物を運びました。
神戸についても縄をかけることができず、荷積みの会社の人たちに手伝ってもらったそうです。
そこでも血を吐いたようです。
これは、周囲の人が意地でも止めないといけないくらいの状態じゃないですか!